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第14回 東北日本の旧石器文化を語る会 -報告-



 東北をはじめ全国の旧石器研究者が集まって、「第14回東北日本の旧石器文化を語る会」が12月23日(土)、24日(日)の二日間にわたり福島県会津若松市で開催された。今回の問題を受けて「前・中期旧石器の検討」が主なテーマとなり、問題発覚後初めての本格的な検証の場となった。会場には全国の旧石器研究者を中心に考古学関係者270人余りが参加し、真剣な議論が繰り広げられた。
 23日は「遺跡の検証」をテーマに各県の前・中期旧石器遺跡の発見と調査の経過についてスライドを用いた説明をもとに検討が行われた。上高森遺跡の調査経過を説明した鎌田俊昭東北旧石器文化研究所理事長は「(通常ならば出土した直後の石器は水分を含んで表面がみずみずしいが)今にして思えば今年の調査では発見直後から石器の表面が白く乾いていた」「(調査の状況を記録した映像の検証では)埋納遺構のプランが昨年までの出土例に比べるとかなり明瞭で、遺構内の石器も動きやすく藤村氏が指で石器を押さえながら発掘していた」などと昨年までの調査との相違点を振り返った。
 「石器の検証」をテーマにした24日は、今年藤村氏が上高森遺跡第6次発掘調査と北海道総進不動坂遺跡第3次発掘調査で発掘捏造に使った石器計96点を含む、北海道・東北地域の約31遺跡1700点を超える前期・中期旧石器が展示された。このうち東北旧石器文化研究所からは上高森遺跡のほか、宮城県中島山遺跡、岩手県ひょうたん穴遺跡、山形県袖原3遺跡、福島県一斗内松葉山遺跡の5遺跡から出土した石器約700点が展示された。午後は二日間の検証の総括として柳田氏を司会に旧石器研究者11名による討論会が実施された。
 会場では細かく連続した剥離のある小型の石器を前に「縄紋時代の押圧剥離技術による石鏃と考えられ、数十万年前の原人の加工とは到底考えられない」とする竹岡俊樹共立女子大非常勤講師の見解に柳田俊雄東北大学総合学術博物館教授は「(柳田氏が調査した原セ笠張遺跡では)確実に約30万年前の地層から出土しており、同時期のほかの遺跡でも同様の出土例がある」「剥離の状態は似ているが、現在は押圧剥離によるものとは考えていない」と反論し、議論は平行線をたどった。周囲の参加者らからは「押圧剥離という特殊な技術を用いなくてもこうした剥離は可能」「縄紋時代以前にも押圧剥離が行われていた可能性もあり、一見しただけで縄紋時代の石器と判断することはできない」等の意見が相次いだ。石器製作技術に詳しい大沼克彦国士舘大学イラク古代文化研究所教授も「疑わしいと思える石器はあるが、石器の特徴だけで確実に真贋を判断する方法が見つからない」と再検証の限界を示唆した。
 討論会では春成秀爾国立歴史民俗博物館教授が「同じ地層から出土しているにもかかわらず、一点一点表面の風化の状態が異なるのは不自然」「出土石器の中に畑の耕作で受けたとみられる新しい傷や鉄分の付着がある」「石器には畑の耕作土とみられる黒い土が付着している」などを根拠に、上高森遺跡の昨年以前の出土石器の中にも表面採集資料と思われるものが含まれており、ほかにも発掘捏造が行われていた疑いがあると厳しく批判した。
 これに対し、実際に東北地方で発掘調査にあたってきた柳田氏らは「石器の風化は石材の質や地層の堆積環境の影響もあり、一概には言えない」「前期旧石器時代の地層は非常に硬いことが多く、発掘調査での発見時に誤って石器に傷を付けてしまう事もある」と話した。宮城県教育庁文化財保護課の山田晃弘氏は「石器表面の鉄分の付着についてこれまでの調査では特に注意を払っておらず、何によるものなのか分かっていない。農機具による傷であれば鉄分の付着した部分に傷が残っているはずで、部分的に脱鉄処理をして顕微鏡などで観察してみてはどうか」と提案した。
 また、佐藤宏之東京大学大学院助教授が岩手県ひょうたん穴遺跡の中期旧石器時代の地層から出土した石器について「石灰岩洞穴では硬い石灰が付着し、岩のようになるのが普通だが、非常にきれいな石器が出土しているのは不自然」と指摘。鎌田氏は「後期旧石器時代の地層から出土した局部磨製石斧には石灰が付着しており、そうした相違点は調査時点から認識していたが、詳しく検討してこなかった」と話した。
 今回の検討会により、前・中期旧石器遺跡調査の様相が明らかになるとともに、多くの研究者によりさまざまな疑問点が挙げられた。しかし一方で押圧剥離の例にみられるように研究者間で見解が異なるなど学問的検討の余地を含んだものが多く、これらを根拠として他の前・中期旧石器時代遺跡に捏造があったか否かを結論付けるのは余りにも拙速に思われた。佐川正敏東北学院大学助教授は「石器の表面的な形状が縄紋時代と似ていても、機能まで同じとは限らない。比較対照できる資料の増加に期待する」と述べた。
 今回明らかになった疑問点はこれまでの前・中期旧石器研究の中で検討されてこなかった部分が多く、奇しくも研究上の盲点が浮き彫りになったと言える。会場に訪れていた平口哲夫金沢医科大学助教授は「捏造問題がなくても検討されてこなければならなかった問題も多い。今後研究を深め、類例が増えればどちらかに決着する問題もあるだろう。また、今後の発掘調査での捏造防止策を含めた検討も必要なのではないか」と話した。
 「(前・中期旧石器時代の)研究がはじまって三十年余。学問の黎明期ゆえの混乱なのだろう」と鶴丸俊明札幌学院大学助教授。今後は今回の検討会を足掛かりとしてさらに多くの研究者で長い時間をかけて検証を深めていくことが望まれよう。過去最多の参加を得てこれまでにない真剣な議論の場を提供した第14回東北日本の旧石器文化を語る会は、前・中期旧石器研究の新たな第一歩を標した。


2000.12.25(2000.12.26一部訂正加筆) 管理人