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日本考古学協会第67回総会パネルディスカッション:
「旧石器発掘捏造問題」をいかに解決するか
―日本の前・中期旧石器研究の現状と問題点―
−報告−




 5月19・20日の日程で日本考古学協会の第67回(2001年度)総会が開かれた。19日の総会では「前・中期旧石器問題調査研究特別委」が正式に発足し、20日は通常の研究発表に加えて公開討論会「旧石器発掘捏造問題をいかに解決するか‐日本の前・中期旧石器研究の現状と問題点‐」が行われた。会場には会員や学生、一般の聴衆、報道関係者などが詰めかけて400人分の座席では足りず、立ち見が出るほどだった。討論は3時間半に及んだ。長時間にわたった討論会は熱気に満ちていたが、学会全体がショックと混乱から十分に立ち直っておらず、旧石器時代研究の再構築がこれからである様子がはっきりとうかがわれた。



戸沢充則氏(明治大学教授・日本考古学協会前・中期旧石器問題調査研究特別委員会準備会委員長)

・石器ねつ造報道があった昨年11月以降の考古学協会の対応について(省略)。
・疑惑の遺跡について検証し、一年後を目処に学問的・歴史的位置付けやその取り扱いについての見通しを示す。
・日本文化財科学会などの協力を得て関連科学の応用を進め、学際的研究の展望と研究基盤の構築を図る。
・委員会の活動では「公開性の維持」を前提としており、積極的公開を図っていく。
・遺跡や石器の細かい真偽や特定の人物の行動の評価に終始せず、全体的に前向きに取り組んでほしい。



矢島国雄氏(明治大学教授・日本考古学協会総務委員)

・前・中期旧石器問題をめぐる日本考古学協会の具体的活動について(省略)。
・日本考古学協会としての情報公開が十分でなかったと会員から指摘があった。
・今回の総会後にはホームページでの情報公開を開始できる準備を整えている。



藤本強氏(新潟大学教授)

・考古資料は元来無口で、とくに前・中期旧石器は分析可能な属性が少なく、資料自体も限られている。有機質遺物が滅多に残らないため、石器と出土土層のみを手がかりに研究の蓄積による位置づけをしていかなければならないが、日本では中期旧石器時代の研究は1980年代から、前期は1990年代からで、未だ未成熟と言わねばならない。
・海外と比べ、日本は火山灰層の酸性土壌で人骨や動物骨が残らず、石器自体からの体系化が難しいことが事件の背景としてある。
・この件で研究者の意欲がなえてはならず、地道な調査の積み重ねが必要だ。



渋谷孝雄氏(山形県埋蔵文化財センター・東北日本の旧石器文化を語る会)
・東北日本の旧石器文化を語る会の活動の経過報告(省略)。
・昨年12月23・24日の第14回東北日本の旧石器文化を語る会で、各調査者から前・中期旧石器時代遺跡調査の現状報告をしてもらった。あわせて31遺跡約1700点の石器を展示して研究者らに検討してもらった。これまでも毎年成果発表とあわせて石器の展示も行っており、公開の機会は設けてきたが、東北地方の前・中期旧石器のほとんどすべてを一堂に集めたのはこれがはじめてだった。時間的に限られていたものの、どのような石器群が発見されているのか、大まかな様相を知らせることはできたと考えている。
・東北日本の旧石器文化を語る会では1987年から最古・最新の発掘調査成果公表の場となってきており、東北から発信し続けてきた問題だけに、真剣に取り組みたいが、気力がだいぶそがれてしまったのも事実。
・これまでの発掘調査では遺物が出土した瞬間の記録はほとんどない。発掘現場での遺物の盗難については備えていたが、捏造についての認識はまったくなかった。今後の調査に教訓を残したといえる。
・菊池強一氏は、石器自身が包含層の有り様を受け継いでいると考え、褐鉄鉱の付着についてパターンごとに分析した成果を発表している。
・ひょうたん穴遺跡の石器について、「石灰岩洞穴からの発見であるにも関わらず、石灰の付着が獣骨のみで石器にみられないのは不自然」との指摘があり、東北日本の旧石器文化を語る会で観察したところ実際には石灰の付着が認められた。東北旧石器文化研究所の鎌田俊昭氏によれば石器は出土後キエン酸(サンポール)で洗浄しており、獣骨については酸に弱いためキエン酸による洗浄はしていないとのことである。
・中島山遺跡の石核(袖原3遺跡出土石器との接合資料)について、鎌田氏は出土時に明確なインプリントがあったと証言している。
・馬場壇A遺跡・原セ笠張遺跡の出土石器で加熱処理をした可能性が指摘されている資料については、それが実際に加熱処理されたものであれば年代測定が可能である。



小林達雄氏(国学院大学教授)

・一連の前期・中期旧石器時代の調査成果は、加熱した報道や教科書に掲載されたことによって急速に浸透していった。成果の一部は外国へも発信されている。
・今回のことを捏造事件として済ませるべきではない。前期旧石器問題としてきちんとした解決を図るべき。
・人間には、人を疑うタイプと人を信用したがるタイプがある。事件の中心人物は一人だが、周辺には直接的(発掘に関与)、間接的(成果を容認)な研究者グループがいた。私も信用した。人間学、心理学に学ぶ必要がある。
・海外を中心に活動する日本人考古学者が「これから日本考古学はどんな成果を出しても信用されなくなる」と発言しているが、そういう言い方をする人はその程度の研究しかしていないのだろう。日本にも世界に打って出る研究の成果はいくつもある。
・藤村さんの第一番目の証言だけですぐに周囲の人が2遺跡以外は大丈夫と言って回ったことで、藤村さんのそれ以上の証言を閉ざしたことになったのではないか。
・現在行われていないが、捏造に使われた石器の分析も必要ではないか。岩手県金取遺跡など問題のない遺跡と疑わしい遺跡の比較検討もすべき。
・現在作られている編年表は順に並べたのみで、叙述・解釈がなされていない。
・解釈のしかた、業績の追求、自己顕示欲、商売との関係などで、考古学におけるこのような事件は将来にも起こりうるという認識が必要。



安斎正人氏(東京大学助手)

・周囲とあわせるのではなく、自分の考えで展示を企画したり遺跡を見て歩いたりしている。「異貌」誌上で協会批判の文章を発表し、今回の討論会で発言の機会を与えられた。
・捏造が発覚して日本の考古学研究者の間に動揺が広まったなかでも、自分を維持することが出来たアマチュアがいた。地道に細々とやってきた人は崩れない枠組みというものを知っていたから。
・日本の考古学界は旧石器について知らな過ぎた。藤村氏とは関係なく旧石器の研究を積み重ね実績を挙げてきた人のことを考えれば、ねつ造問題は恐るるに足りない。本当なら藤村さんのことは笑って済ませてあげられれば良かった。
・問題解決の基本は、“個人が外へ出てやる”こと。この会場で何らかの発言をした人は、ぜひとも実践してほしい。個人の行動が第一だ。



稲田孝司氏(岡山大学教授)

・層位より型式を優先すべきだという主張もあるが、これは違うのではないか。とくに前期旧石器時代のように資料の少ない状況下では型式分類そのものが難しい。あくまで層位による裏づけが必要であることは考古学の基本としてこれからも変わることはない。
・新発見ばかりに執着しすぎたと言う批判もあるが、研究に対して執念や情熱を持って取り組むことは必要だ。時には間違いも起こる。それらがストレートにマスコミに流れていくから大きくなる。
・日本だけでなく、ヨーロッパも先史考古学、とくに研究の黎明期の分野には危ないことがいろいろある。つまずきがあっても、われわれが資料を探していくという点に立たないと、本当の解決はない。
・動物化石の発見も遅れている。幅広い視野に立って研究を進めていく必要がある。



小野昭氏(東京都立大学教授)

・ねつ造した当人がかかわった遺跡の調査結果を検証により“疑いの濃いもの”を指摘することはできても、“白”と立証するのは、ほとんど不可能との印象を持っている。
・考古学は歴史学の一部と位置づけられてきたため、文学・人文学部に属しているが、旧石器研究に適した環境ではない。



井川史子氏(マギル大学(カナダ)教授)

・日本考古学の信ぴょう性が傷付けられたのは、紛れもない。前期旧石器時代でない事項でも、防衛的に答えないといけない状態だ。
・海外では今回の捏造問題をナショナリズムの表れと受け止める傾向がみられる。
・新しい発見はあっていいが、慎重であるべき。
・人類学の一部としての先史考古学を確立すべき。
・考古遺跡の調査にも北米ではレフェリー制に似た制度がある。



林謙作氏(北海道大学非常勤講師)

・すべての考古学者は市民にわびないといけない。暴言も我慢しないといけない。



町田洋氏(東京都立大学名誉教授)

・考古学関係者が発掘調査の成果を新聞社を集めて頻繁に発表していくスタイルは、われわれの立場から言うと、ちょっと考えられない。この方法に問題はないか。
・報告書にも査読システムの導入が必要ではないか。
・ATの研究成果が認められるのに10年を要した。新しいことが認められるのには時間がかかる。



大類誠氏(尾花沢市教育委員会)

・袖原3遺跡発掘調査の準備状況について(省略)。
・6月13日から8月4日までの予定で、調査員は尾花沢市の大類誠氏と山形県の2名、全体で20名体制で行う。



辻秀人氏(東北学院大学教授・旧石器発掘「ねつ造」問題特別委員会委員長)

・私たちは、何がおきたのか、今の旧石器をどう考えればよいのかを説明する責任がある。
・過去の検証で蓋然性ある説明をしていきたい。
・検証結果を発掘で裏付けていくことも必要と考えている。



安斉正人氏(東京大学助手)

・協会にこだわらず、個人の行動を起こすべき。その上で協会がすべきことがある。



春成秀爾氏(国立歴史民俗博物館教授)

・新しい資料の探索に努力していきたい。



小野昭氏(東京都立大学教授)

・研究者は評論家ではない。自分に何ができるのか、対象を絞って成果を出し、積み上げていくことが大切。



会場

・社会的に大きくなりすぎた考古学の倫理を考える場が必要ではないか。
・協会の大会での研究発表のあり方を考え直す必要がある。レジュメを事前に配布し、当日は要点の発表にとどめるなどして限られた発表時間を有効に使い、内容について討議できる場を確保すべき。


2001.08.23 管理人