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政庁創建時の石垣を発見−大規模な土木工事を裏付け

栗原市 清水山T遺跡(縄文時代・古代)
遺跡データ
遺跡名 清水山T遺跡(しみずやまいちいせき)
所在地 栗原市瀬峰清水山
調査主体 栗原市教育委員会
調査原因 市道改良工事に伴う事前調査
公開日 2008年11月29日(土) 10:00〜
参考資料 「清水山T遺跡 現地見学会資料」
栗原市教育委員会 2008.11.29


現地見学会の様子
清水山T遺跡は、栗原市の瀬峰小学校近くの丘陵にある古代の集落跡です。これまでの調査では、奈良時代の後半(8世紀後半)の竪穴住居跡が見つかっています。

今回の調査では、古代の窯跡が発見されました。窯跡は長さ5.5m以上、幅1.2mで、斜面の低い方から高い方へ向かって地面をトンネル状に掘り抜いて作られた「地下式窖窯(ちかしきあながま)」と呼ばれるものです。

このような窯は古代に「須恵器(すえき)」と呼ばれる焼き物を焼いた窯と同じ構造ですが、今回発見された窯跡では須恵器を焼いた痕跡は確認されず、底面に多数の木炭が残されていました。このため、この窯跡では木炭を焼いていたと考えられるそうです。

古代に大量の木炭を生産した木炭窯は、陸奥国府が置かれた多賀城跡の周辺や、宮城県亘理〜福島県相馬地方の製鉄を行なった遺跡で多く見つかっています。栗原市内では初めての発見で、清水山T遺跡の周辺で製鉄が行なわれていた可能性が高いということです。

今回の調査ではこのほか、縄文時代に食料などを保存するために掘られたと考えられる「貯蔵穴(ちょぞうけつ」)などが見つかりました。貯蔵穴は集落の一角にまとまって掘られることが多いので、付近に縄文時代の竪穴住居跡などが残されているのかもしれません。
古代の窯跡の様子。斜面をトンネル状に掘り抜いて作られたもので、天井は崩れ落ちていました。内部は奥に行くにつれて高くなっています。古代に「須恵器(すえき)」を焼いた窯と同じ構造ですが、調査員が指し示す「燃焼部」では炭の塊が多数出土したことから、木炭を焼いていたと考えられます。

古代の窯跡の様子。幅1.2m、奥行きは5.5m以上あります。底面に黒い炭の層があり、壁の内側が焼けて赤く変色しているのが見えます(中央の丸太は調査中の崩落を防ぐための支柱です)。

縄文時代に食料などを保存するために掘られたと考えられる貯蔵穴の跡です。直径2m、深さ1.7mほどの大きさで、底面の中央に柱を立てた跡が見えます。

現地見学会の様子。古代の窯跡に堆積した土の中からは須恵器の破片が出土しました。
2009.6.1更新