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松森城跡 とみざわいせき
仙台市太白区


地底の森ミュージアム
近代的なマンションと低層住宅が交錯する街並みの一角に、木立を配した緑地と楕円形の鉄筋コンクリートの建物が見える。地底の森ミュージアム(仙台市富沢遺跡保存館)である。

仙台市太白区の富沢地区は広瀬川と名取川に挟まれた低地で、弥生時代から近代までの水田跡が何層にもわたって残されている。その広さは90haにもおよぶとみられている。

現在の地底の森ミュージアムのある場所では、小学校建設の計画が立てられていた。工事によって破壊される前に遺跡の記録を残すため、昭和62・63年に発掘調査が行なわれた。

調査の結果、弥生時代から江戸時代までの10時期の水田跡の下から、樹木を含む地層が発見された。年代を調べると今から約2万年前の地層であることが判明し、さらに周囲を調べると焚き火の跡や石器が見つかった。

地表下5mに埋もれていた後期旧石器時代の森林跡と生活跡は、世界的にも例のない発見として注目を集めることになったのである。

発見の重要性から、遺跡は永久保存されることが決定し、小学校は別の場所に建設されることになった。

平成8年には発掘された遺跡をそのまま地下で保存しながら公開する「地底の森ミュージアム」が開館し、敷地内には調査結果をもとに後期旧石器時代の自然環境を再現する「氷河期の森」が整備された。

2万年前の仙台付近は現在より平均気温が7〜8度も低く、亜寒帯性の針葉樹林に覆われていた。現在の北海道東部の気候に近かったという。

「氷河期の森」には当時の地形を再現した中に90種類を超える植物を配し、当時の森の様子が実感できるようになっている。現在の仙台の森林とは大きく違っていたことがよく分かる。

当時の富沢周辺には草原や沼地が広がり、主に針葉樹からなる小さな樹木群が点在していたと考えられている。

水辺に訪れるシカなどを追って狩りに訪れた旧石器人たちは、草原の中の小高い丘でキャンプをしながら道具の修理などをしていたのだろう。

発掘当時のまま保存されている2万年前の森

森の一角に残された旧石器人のキャンプの跡

調査結果をもとに復元された氷河期の森

湿地とその周りを埋める樹木群

樹木群と草原、湿地が入り混じった環境だった

現在は四季折々の風景が目を楽しませる
撮影:20080607