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官衙構造知る手掛かり―古代の建物跡と材木塀跡など―

古川市大崎 名生館官衙遺跡
―古川市教育委員会(報道発表12月7日/一般説明会12月9日)―

 8世紀後半以降の4期官衙(役所)政庁跡の北側約100mの地点で、掘立柱建物跡4棟、竪穴住居跡12軒のほか、材木塀跡、溝跡などを確認。建物跡3棟は柱穴の形などから古代のものと考えられ、付近からは須恵器円面硯と呼ばれる硯が出土したことなどから官衙と関連をもつ建物とみられる。
 丸太を立て並べた材木塀跡は東西に二条平行して確認され、双方の先端部に柱穴があることから門柱か棟門があった可能性が高い。伴出した遺物から8世紀初頭から前半にかけてのものと考えられる。
 また、中世以降の建物跡1棟も確認され、過去の調査で出土した同時期の遺構とあわせて奥州探題大崎氏の居城であった「名生城」の存在を裏付ける可能性が高いという。

参考引用文献
2000年12月8日付河北新報