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石を並べた複式炉のある縄文時代の竪穴住居跡

角田市 角田郡山遺跡 (奈良時代)
遺跡データ
遺跡名 角田郡山遺跡(かくだこおりやまいせき)
所在地 角田市枝野字新品濃
調査主体 角田市教育委員会
調査原因 学術調査(範囲内容確認調査)
公開日 2008年10月12日(日) 10:00〜
参考資料 「平成20年度 角田郡山遺跡 遺跡見学会資料」
角田市教育委員会 2008.10.12


遺跡見学会の様子。
阿武隈川の東岸に隣接する角田郡山遺跡は、古代の伊具郡衙(ぐんが:郡役所)跡と考えられている遺跡です。遺跡の内容を明らかにするために、平成3年から18年にわたって学術発掘調査が続けられています。

これまでの調査では、遺跡南部で強固な基礎整地作業を施した礎石式建物跡や、非常に太い柱を用いた掘立柱建物跡と、これを取り囲む大溝跡が発見され、郡衙の正倉(しょうそう:倉庫群)と考えられています。また、遺跡の中央部では多数の竪穴住居跡が重複して存在していることが確認されました。

平成18年度からは須恵器や瓦類が多数採集されている遺跡北部(旧品濃遺跡の範囲)の内容を確認するための調査が行なわれ、平成19年度には大型の掘立柱建物跡の存在が確認されました。今回の調査は、その建物跡の具体的な規模や構造、時期などを明らかにするために行なわれました。

調査の結果、東西11.5m、南北5.0mの大型掘立柱建物跡が新たに発見されました。柱を立てるために掘られた穴は一辺が1mほどの四角形で、直径20cmほどの柱の痕跡が確認されました。昨年の調査結果とあわせて、このような大規模な建物が少なくとも3棟、コの字形に配列されていたことが分かりました。

このような立派な建物が配置される場所は、郡衙の中枢施設(郡庁)だった可能性があるそうです。今後は、これらの建物の全体的な配置の様子や、これを取り囲む区画施設の有無などを明らかにするために調査が継続されるとのことです。

建物跡を西から見た様子。東西11.5m、南北5.0mの建物で、非常に大きな柱穴が整然と並んで発見されました。

建物跡を東から見た様子。四角く見える部分が柱を立てるために掘られた穴の跡で、その内側の丸い小さな穴が柱が立っていた跡です。

建物の柱穴の様子。中央のやや黒く見える部分が柱が立っていた跡で、その外側は柱を立てるために穴を掘り、埋め戻した土です。一度建て替えられていました。

出土した奈良時代の瓦片

出土した平安時代の土器

遺跡見学会の様子

遺跡見学会の様子
2009.3.23更新