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仙台城跡関連情報

仙台城跡をめぐる主な動き‐2000年‐

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| 1960-1999 | 2000 | 2001 | 2002 |
01月07日 日本史研究者20名が「仙台城本丸石垣の保存に関する要望書」を藤井市長・教育長宛に提出。
01月22日 在仙歴史学会連合(仙台郷土研究会・東北史学会・東北大国史談話会・宮城歴史科学研究会・宮城歴史教育研究会・東北学院大学中世史学会)が「仙台城本丸石垣の保存に関する要望書」を仙台市長・教育長に提出。「復元する艮櫓の基礎となるコンクリート柱で3期石垣より古い2世代の石垣が破壊される恐れがある」として、古い石垣の保存を求める。仙台市は櫓建設予定地を変更せずにコンクリート柱の位置をずらし石垣の保存と両立させる意向を示す。
01月28日 宮城県考古学会(桑原滋郎会長)が古い石垣の保存と史実に近い場所での艮櫓建設を求める要望書を仙台市に提出。
01月30日 仙台郷土研究会が斉藤報恩会自然史博物館でシンポジウム「仙台城石垣の保存について」を開催し、問題提起と1期、2期石垣の保存を訴える。渡辺信夫氏、小林清治氏、入間田宣夫氏、逸見英夫氏、入間田宣夫氏、松山正芳氏、大石直正氏、菊池慶子氏が出席。仙台郷土研究会、東北史学会、東北大国史談話会、宮城歴史科学研究会、宮城歴史教育研究会が共催。市民300人が参加。
02月14日 仙台市の仙台城跡石垣修復等調査検討委員会で艮櫓の建設位置や工法について協議。「3期石垣の北東角に復元すれば、史実に反する」などの意見が出て結論を持ち越す。
03月22日 河北新報紙上で大規模な仙台城復元キャンペーン展開。
03月29日 藤井市長が石垣保存と石垣修復工事の工期延長を表明。
03月30日 第2期石垣の解体作業はじまる。
04月11日 仙台市文化財保護審議会が藤井市長に対し、石垣修復や艮櫓の再建工事が、国の史跡指定の妨げにならないよう、史跡指定の方針を尊重して慎重に石垣修復等にあたるよう求める意見書を提出。藤井市長は石垣遺構保存と艮櫓再建が両立できるよう整備をすすめたいと回答。
04月16日 仙台商工会議所などが「親子で学ぶ仙台城セミナー」開催。
05月 仙台市が仙台市文化財パンフレット第43集「仙台城本丸跡の発掘」を発刊。本丸跡の発掘で見つかった中世の「千代城」に始まり、現存の石垣に至る変遷を豊富な写真図版を用いて紹介。A4版オールカラー32ページ。1部400円。市役所1階の市政情報センター(022-214-1239)、若林区・太白区文化センターで頒布。
05月11日 日本考古学協会(岩崎卓也会長)が藤井市長に対して仙台城の国指定史跡化を急ぐこと、石垣修復と艮櫓再建にあたっては慎重に工事を進めること、艮櫓再建は史実に忠実に行うことなどを要請。藤井市長は史跡指定に向けて条件を整えるという考えは変わらない、石垣は現状を破壊せず保存する方針である、艮櫓の位置は白紙であり専門家や市民の意見を踏まえ納得のいくものとしたいなどと回答。
05月17日 仙台商工会議所が設置した仙台城復元委員会で艮櫓再建計画について議論。意見が対立するものの、村松巌委員長(仙台商工会議所会頭)が観光の視点を重視し、当初の計画通りに事業を推進することを求めるという見解を示す。
06月29日 仙台市教育委員会が仙台城本丸跡北東部の発掘調査成果を発表。1期石垣をあたらに別の場所で発見し、残存規模は発見済みも含め、全長40m以上、高さ4.5m以上に及ぶことが明らかとなる。発掘で見つかった同時期の石垣としては国内最大級。また、崩れ残った第2期石垣を第3期石垣の一部として再利用していることなどが明らかとなる。
07月02日 仙台市教育委員会が仙台城本丸跡北東部で6度目の一般現地説明会を開催。市民約300名が参加。
07月09日 仙台郷土研究会会合で石垣に関する報告があり、保存問題も議論となる。
07月21日 仙台市議会都市整備建設常任委員会で、仙台市は仙台城石垣修復工事完了が予定の2001年秋から2002年度後半にずれ込むとの見通しを示す。これにより2001年度内が目標だった艮櫓の本格着工も遅れることが確実。第1期、第2期石垣の出土による作業工程の切り替えが主な要因。また1期石垣は埋め戻して極力保存、2期石垣に関しては3期石垣の安全性を優先させ解体・移設も視野に入れるとの考えを示す。
07月下旬 仙台市が市政・区民モニター各100人を対象に仙台城艮櫓の再建位置ついてアンケートを実施。仙台市は櫓の位置を決定する際に市民の意見として判断材料に加えると説明。
07月29日 石垣修復に伴う発掘調査で仙台市教委が導入した発掘データのデジタル処理が大幅な発掘期間短縮に成果をあげていることが河北新報紙上で報じられる。。
08月02日 仙台城石垣修復等調査検討委員会で、仙台市は2期石垣上と3期石垣上に櫓を建てた場合それぞれの予想図を示す。また1期石垣保存に配慮し櫓の基礎となるコンクリート杭の位置をずらした工法案も示す。委員会の議論は、櫓を3期石垣上に建てるべきという意見と2期石垣上に建てるべきという意見が対立。
08月03日 仙台商工会議所が設置した仙台城復元委員会で、委員からは仙台城の国指定史跡化に配慮し、商工会議所の復元基本計画の見直の提案がなされるものの、村松巌委員長(仙台商工会議所会頭)は3期石垣上への艮櫓早期建設を藤井市長に要望することを確認。
08月08日 藤井市長が定例記者会見で艮櫓の再建位置について、将来の市民の立場も考え、慎重に判断したいとの見解を述べる。
08月10日 仙台商工会議所の仙台城復元委員会の村松巌委員長(仙台商工会議所会頭)が藤井市長に対し、3期石垣上への艮櫓の早期建設を要望。藤井市長は9月議会後に最終的判断を行う考えを示し、商工会議所には市民、企業からの幅広い協賛を得られるよう民間サイドの体制づくりを要望。
8月28日 第9回仙台城石垣修復等調査検討委員会(最終回)が開かれる。3期石垣の修復方法、艮櫓の再建位置について議論されるが結論は出せず。佐藤巧委員長(東北大学名誉教授)は、2つの意見とその根拠を併記し9月中旬に藤井市長に提出する考えを示す。仙台市は委員の任期切れと石垣の土台にダメージを与えかねない工期の遅れを理由に検討委員会を終了させる。仙台市は「今後は有識者に個別に相談するなどして対応する」とするものの、結論を急ぐ仙台市に委員からは「さらに調査検討が必要」、「会合の回数が少ない」などの不満の声が相次ぐ。
08月29日 藤井市長は定例記者会見で「専門家の意見はどちらが優れているというものではない。広範な市民や市議会、仙台商工会議所などの声を聞いて総合的に判断したい」と述べる。市長の判断は遅くとも10月中旬までには示されるとの報道。
09月03日 日本城郭史学会(西ヶ谷恭弘代表)が1期、2期石垣の保存と地中階段による展示を求める要望書を仙台市長、教育長に提出。文化庁に対しても仙台市に行政指導を行うよう同様の要望書を提出。
09月03日 勾当台公園市民広場などを会場に、石垣修復や櫓の復元事業などをPRする「仙台城復元フェスティバル」開催。石引きの再現や石職人による加工実演などが行われる。仙台市、仙台商工会議所仙台城復元委員会、仙台開府四百年記念事業推進協議会、河北新報社が主催。
09月05日 東北大学東北アジア研究センターの佐藤源之教授(地球工学)らによる独自の地中レーダー探査で、櫓の復元予定地付近に未発掘の石垣がある可能性を指摘。
09月06日 在仙史学系7団体(仙台郷土研究会、東北史学会、東北大国史談話会、宮城県考古学会、宮城歴史科学研究会、宮城歴史教育研究会・東北学院大学中世史学会)が「仙台城本丸石垣・艮櫓の保存・復元に関する要望書」を藤井市長宛に提出。応対した加藤義雄助役は櫓の建設位置について「学問的見知にも十分耳を傾けるのは基本。古い石垣は費用がかかっても大事にしたい」と述べる。
09月09日 東北大学大学院柳原敏昭助教授が、1期、2期石垣の保存と艮櫓の史実に忠実な位置への再建を支持する立場から、情報発信と交流を目的に「仙台城石垣保存問題のホームページ」を開設。http://www.sal.tohoku.ac.jp/~tyana/ishigaki/index.html
09月16日 仙台郷土研究会が仙台城石垣見学会と緊急討論会「仙台城石垣と艮櫓の復元をめぐって」を開催。渡辺信夫氏、石井進氏、大石直正氏、鈴木啓氏、菊地勇夫氏、ジョン・モリス氏、入間田宣夫氏、菊地慶子氏が出席。市民200名が参加。
09月20日 河北新報22面(県内版)に意見広告「史実にもとづいた仙台城復元を―艮櫓は2期石垣の上に―」掲載。在仙の歴史学・考古学の研究者を中心に58名4団体の連名。
1.政宗築城のT・U期石垣を保存し、現(V期)石垣の修復に万全を期すこと。
2.仙台城の復元整備にあたっては、学術調査の結果にもとづくこと。
3.史実を曲げ、T・U期石垣を損なうV期石垣上の艮櫓建設に、断固反対する。
4.艮櫓を復元するとすれば、史実に基づきU期石垣上とすること。
5.仙台城跡の国史跡指定を実現すること。
09月20日 河北新報投書欄「声の交差点」に市内会社員による投稿「艮櫓の再建は史実に忠実に」掲載。
09月24日 朝日新聞宮城版に「揺れる仙台城の艮櫓復元-『政宗の石垣』で」との特集記事掲載。商工会議所の焦りとは裏腹に、復元事業の白紙撤回を求める動きが広がっていることを報道。国史跡指定についても触れ、「護国神社の同意がない限り、指定は難しい」と指摘。
09月25日 河北新報社説に「仙台城跡の石垣-艮櫓の復元、拙速は避けよ-」掲載。これまでの経過を整理し、「見栄えや観光を重視する仙台市や経済界と、史実の尊重を訴える学者グループとの意見が対立し、議論はかみ合っていない」と概観。その上で「ことは後世に伝えるべき文化財問題。国史跡指定の話もあり、このままどちらかに決めるのは拙速だろう」、「計画通り艮櫓を復元すれば、政宗築城期の石垣付近にパイルが打ち込まれ、古い石垣は破壊されるか重大な影響を免れない」と指摘。「市は艮櫓の復元を急ぐ必要はない。新しい文化財である古い石垣が見つかった以上、その保存と活用について考えてからでも遅くはない」と警告。
09月25日 河北新報県内版に「仙台『艮櫓』どうなる市長判断―研究者と経済界対立/史実か見栄えか/石垣問題も再熱」との特集記事掲載。仙台市の艮櫓復元事業をめぐる動きを追い、議論の経過を整理。市側が3期石垣上での復元にこだわってきた理由に「経済界の意向」があると指摘し、研究者と経済界との対立を浮き彫りにする。同日の社説とあわせ、これまで控えめな報道を続けてきた地元紙河北新報がようやく真剣な態度を示す。
09月27日 仙台市議会決算等審査特別委員会で藤井市長は、艮櫓の再建位置について結論は10月としながらも「(造らないという)第三の選択肢もありえる」と初めて明言。「具体的史料に乏しくどう造ってもレプリカの域を出ない」、「部分所有のままでの国史跡指定は難しい」などと述べ、これまでの市の見解を一転させる。
09月29日 仙台市議会決算等審査特別委員会で藤井市長ら市側は、27日に示した見解をほぼ撤回し、これまで通り「国の史跡指定を目指す」、「レプリカではなく、できる限り史実に近い櫓の再現をする」という発言に改める。また、「工法を工夫することで古い石垣の保存は可能であり、文化財保護委員会の石垣保護優先決議にも反しない」といった論旨を展開する。
09月29日 仙台商工会議所の仙台城復元委員会が、3期石垣北東角への艮櫓の早期建設を改めて藤井市長に要望する方針を決める。1期2期石垣の保存と櫓を本格的な木造建築とすることを新たに要望する方針。
10月02日 日本考古学協会(岩崎卓也会長)が「艮櫓建設予定地内の古い石垣に関する早急な確認調査」と「石垣遺構の保存を前提とした艮櫓復元計画」の実施を求める要望書を藤井市長に郵送で提出する。文化庁長官や浅野史郎宮城県知事らにも同様の文書を送付する。古い石垣の保護を訴える日本考古学協会の要望は3回目。
10月03日 仙台商工会議所の仙台城復元委員会の村松巌委員長(仙台商工会議所会頭)が、郷土のシンボルとして艮櫓を現存石垣の北東角へ早期に復元するよう改めて要請する。岡征男仙台市議会議長にも同様の要望をする。岡議長は「10月中の(市長の)決断は難しい」、「議会で十分な議論が必要」との見方を示す。
10月03日 仙台市議会は各派代表者会議で、常任委員会の開かれる10月20日にも艮櫓復元問題に関して全議員による議員協議会を開くことを申し合わせる。
10月05日 仙台城跡石垣修復等調査検討委員会が「委員会における検討結果について」を藤井市長に提出。艮櫓の位置については景観を重視する「3期石垣の北東角」とする意見と古い石垣の保存と史実を重視した「2期石垣上」とする意見の両論を併記した。古い石垣については保存を強調。委員会は3年間で9回の開催。藤井市長は20日の市議会常任委員会以降、月内に結論を出す考え。
10月08日 河北新報27面(県内版)に「仙台城跡 艮櫓復元 私の主張」掲載。史実通り2期石垣上への復元を訴える渡辺信夫東北大学名誉教授(日本近世史)と、見栄えの良い3期石垣上への建設を支持する村松巌仙台商工会議所会頭の二人に対する聞き書き。渡辺教授は「歴史的なものを大切にする時代」「櫓問題は市が仙台城をどうするかの試金石」とするのに対し、村松会頭は「仙台城跡に何もないのが残念」「開府四百年のタイミングを逸すると、あと何十年かかるか分からない」と商業界としての焦りをのぞかせる。
10月10日 河北新報投書欄「声の交差点」に市内会社役員による投稿「風情の越す城跡自然のままで」掲載。
10月11日 新聞週間(15-21日)に向けて、東北地方の小中高校生を対象にした「第6回新聞記事コンクール」(河北新報社主催)の入賞者が決定。このうち論説委員長賞に選ばれた安部日珠沙さん(東北学院高校2年)の作品「政宗と仙台城復元事業―新しい歴史の1ページ―」は、仙台城の艮櫓問題を取り上げ、「この復元事業を通して我々は"新たな歴史"を作り出そうとしている」「"政宗の歴史に残る石垣と櫓"を後世に正しく伝えることが、この事業の真髄」と述べる。
10月16日 歴史学等の研究者5名が「仙台城本丸石垣の保存と艮櫓の復元に関する意見書」を仙台市議会議長宛に提出。
10月16日 河北新報「ズームアップ」に「仙台城跡に風雲―文化遺産?観光資源?艮櫓建設位置に議論白熱―」掲載。発掘調査で判明した3時期の石垣の変遷と、最後に築かれた現存(3期)石垣上には艮櫓が再建されなかったことを紹介。建設位置をめぐる経済界と歴史学者の対立は、歴史に対する知識と認識に大きな隔たりがあり、「歴史の見方」に対する根本的な違いが原因と指摘する。戦後相次いだ鉄筋コンクリートによる歴史的建造物の再建が反省に迫られ、「本物志向」が全国的な流れになっていることをあげ、「再建せずに現状維持にとどめるなどの第三の選択肢を含めて、まだまだ議論の余地がある」とまとめている。
10月16日 千葉真弓氏が「艮櫓と石垣のとっかかりマンガ」発行。仙台城跡の石垣修復と艮櫓をめぐる論争を分かりやすく漫画で解説。千葉氏は支倉常長を描いた劇画「ファシクラ伝」などの作者として知られる。仙台城石垣保存問題のページで閲覧できる。
10月18日 仙台城の石垣を考える会がパンフレット「仙台城石垣問題の基礎知識」発行。
10月19日 艮櫓の基礎となるコンクリート柱を立てる場所に未発掘の築城期の石垣があるかどうかを把握するため、仙台市が追加ボーリング調査と地中レーダー探査を行う方針を決める。艮櫓建設と古い石垣の保存が両立できるかの判断材料にするため。調査は10月末までを目標とし、調査結果を参考に藤井市長が最終判断する方針。
10月19日 仙台市の漫画家千葉真弓氏が自費出版した小冊子「艮櫓と石垣のとっかかりマンガ」(B6判16ページ)を河北新報が紹介。小冊子は1800部が印刷されたが品切れ状態。千葉氏は「マンガへの反響は"市民も問題に参加させて"という声の表れ」として市に市民が参加できる話し合いの場を設けることを提案。仙台城石垣保存問題のページで閲覧できる。
10月20日  仙台市議会が全市議による議員協議会を6年ぶりに開催。仙台城跡石垣修復等調査検討委員会kの佐藤巧委員長が仙台市に提出した報告書の内容について説明し、仙台城石垣修復工事と艮櫓復元事業について集中審議。「古い石垣の保存は事業推進の前提」などの声が相次ぐ。各会派の代表7人が質疑、意見表明を行った。
10月22日 シンポジウム「仙台城石垣保存と艮櫓復元を考える」開催。宮城学院女子大学の大学祭企画の一環で、研究者や一般市民ら約50名が参加。はじめに菊池勇夫氏が経過や論点を説明。入間田宣夫東北大学教授(歴史学)、横山裕平東北福祉大学講師(考古学)、近藤久太郎氏(建築史)のほか、艮櫓をめぐる論争を解説した漫画小冊子を作った千葉真弓氏がそれぞれの立場から意見を述べる。最後に参加した市民を交えた討論が行われ、「市民が歴史について論議を深める時間が必要」などの意見が出された。シンポジウムの内容は仙台城石垣保存問題のページに掲載されている。
10月23日 東北大学東北アジア研究センターの佐藤源之教授らの研究グループが、仙台市観光交流課の要請で艮櫓建設予定地斜面(朝日新聞は40u、河北新報は20uとする)を対象にレーダー探査を実施。佐藤教授は「データ収集が難しい地形ではなく、地中に石垣があればレーダーで捉えることは可能」と話す。今後データ解析を進め、調査結果は10月30日に藤井市長に提出される予定。市はすでにボーリング調査も実施しており、二つの調査のデータ解析を待って櫓の建設位置などを決定する考え。
10月27日 23日に佐藤源之教授らが行ったレーダー探査で、艮櫓建設予定地の直下に未発見の古い石垣が埋まっている可能性が浮上。地中約1.5mの深さに高さ3m、幅8mの範囲で約1m四方の物体数個が埋まっているとみられるレーダー反射波形を確認。佐藤教授は「時間的制約を受けた」と調査の不十分さを認めながらも、「未発掘の石垣である可能性が高い」と語る。仙台市が実施したボーリング調査については、データ解析に時間がかかっているため、市長判断に間に合うかどうか微妙な状況。
10月28日 仙台城跡石垣修復等調査検討委員会委員を務めた鈴木啓福島県考古学会副会長が石垣の発掘現場を訪れ、1期石垣の可能性のある石材と裏込め石が新たに出土していると指摘。テラスを設けていた1期石垣の2段目の石材である可能性が浮上。佐藤源之教授が7月に実施したレーダー探査の測定範囲と一部重なる。3期石垣東北角に艮櫓を建てた場合、基礎となるコンクリート柱が新発見の石垣遺構を破壊することは必至。鈴木会長は「古い石垣を保存するなら、周辺部分の徹底調査が必要」と述べる。
10月28日 石垣修復工事で仙台市が石積み開始式を開催。仙台市や地元関係者、工事関係者など約70人が参加。石垣の勾配を正確に再現する基準線となるアルミ製の「丁張り」を石垣の周囲に設置し、最下段の石垣のうち破損した石材を補修する作業を開始。石積みは平成14年度末の完了を目指し、石垣の石材約9500個のうち破損した石の代わりに中国産の石材約1200個を補充する。なお仙台城石垣保存問題のページによれば、この式典で藤井市長、市議会副議長以下が、鹿島建設の名の入った法被(はっぴ)を着用していたことが問題となる。市建設局長も軽率さを認める。
10月31日 藤井市長は定例記者会見で、艮櫓の建設位置の最終判断は「10月中を目途に作業を進めていたが、調査が予定通り進んでいないため、11月にずれ込む」と表明。各種の追加調査の結果を踏まえ、遅くても11月中旬までには結論を出したいとの意向を示す。追加調査の信頼性については限界を認めながらも、「(復元事業全体の)予定があり、石垣も積み始めている。(工事や地盤に関する)安全性の限界のところで調査をしており、全面発掘は難しい」とする。
11月10日 仙台市は仙台城艮櫓復元事業で、焦点となっている艮櫓の建設位置について「3期石垣の北東角」との方針を固め、最終的な調整に入ったと河北新報が報道。建設予定地で10月に市が行った追加調査では「古い石垣の存在を明確には確認できなかった」とする。「新工法案でも1期石垣への影響は避けられない」とする研究者らの声にも配慮し再度新たな工法案を提示する見通し。
11月13日 仙台市は仙台城艮櫓復元事業について、3期石垣の内側から見つかった古い石垣への影響を避けるため、櫓の基礎となるコンクリート柱の位置をずらす新たな対策を講じた上で、3期石垣の北東角に建設することを決定。14日藤井市長が正式発表する。研究者団体などは、10月に新たな石垣が発見されたため「もっと広い範囲で保護すべき」として今後も市の決定の撤回を求めていく構え。
11月14日 藤井市長が「仙台城艮櫓復元事業の進め方について」を発表。艮櫓の建設位置について「3期石垣の修復と併せて、その北東角に建設する。」との決定。「3期石垣及び艮櫓の安全性確保」「旧石垣の本質的な価値の保全」を復元事業の二大前提とした。あわせて、櫓を支えるコンクリート杭の位置を、これまでの計画より1メートル〜1.6メートル南側(石垣の内側)に移した計画図を発表。
11月15・16日 河北新報が「平成の櫓論争―揺れた建設位置―(上・下)」を掲載。15日掲載「決断―公園整備には不可欠」では最後まで二つに割れた建設位置の議論の経過を振り返り、公園整備や艮櫓復元の「必要性」という根本的な問いは最後まで市民に投げかけられることはなかったと指摘する。16日掲載「反発―決定の経過に不信感」では、担当職員にも仙台城跡石垣修復等調査検討委員会が意見が分かれたままに解散されたことへの不安があるとする。史実に沿って計画が大きく修正された金沢城跡の例を挙げ「市民と行政、専門家の連携」が大切とする。
11月16日 河北新報社説「仙台城の艮櫓復元―史実を無視していいのか―」掲載。市長決定を「見栄えや観光を重視する経済界や仙台市経済局の当初案(3期)を採用しながら、古い石垣保存や史実の尊重を訴える学者グループの提案(2期)を退ける一方、工法の工夫で配慮した」と分析。しかし決定には拙速すぎて不透明な部分があると指摘し、「問題はまだ終わっていない」とする。「発掘の成果を取り入れ、時間をかけた討論を行えば、両者の合意形成は可能」として市当局に更なる情報公開と納得の行く文化財行政を求めている。
11月20日 在仙歴史学7団体が藤井市長に対し「仙台城本丸艮櫓復元と石垣保存に関する要望書」を提出。11月14日の市長判断をきびしく批判し「艮櫓を三期石垣上に建設する方針の撤回」「1、2期石垣の保存に万全を期すこと」「仙台城の国史跡指定をめざすという方針を堅持すること」「専門家による調査・検討委員会を再組織して、検討・評価過程における公開制・透明性を確保すること」を申し入れる。 
11月22日 仙台城石垣保存問題のページによれば、仙台城本丸跡の艮櫓復元予定地斜面のレーダー探査による追加調査を行った東北大東北アジア研究センターの佐藤源之教授が、仙台市に提出した報告書で「地下の構造をより精密に知るため再調査が必要」と提言していたことが明らかとなる。この報告書は、11月14日の市長判断の一つの根拠とされたものであるが、その際の市側の資料には「数カ所で反射体が確認されたが、その大きさやどのような物質であるかは、現時点では判断できない」とのみ記されており、上の提言があったことには全く触れられていない。
11月26日 仙台市教育委員会が発掘調査成果を公開する現地説明会を開催。今後石積み工事が本格化するため、現場で3時期の石垣遺構を間近に見ることができる最後の機会となった。説明会には約1300人の市民が参加し、調査員の丁寧な説明に聞き入った。また、現場前の道路上に展望台が開設され、土日祝日を除いて遺跡や石積工事の様子を自由に見学することができるようになる。
11月26日 仙台市の議員と職員有志企画の講演会「世界史の中の仙台開府」が仙台市博物館で開催。仙台市博物館の浜田直嗣館長が仙台開府の意義、伊達政宗が開府に込めた世界的な視点について解説。「政宗には広大な視野があり、東北の片隅にとどまらず、世界を相手により大きく羽ばたこうという意識を持って仙台を開府した」「仙台開府の意味は、古代中国の理想世界を実現しようというものであり、京都や江戸をしのごうという意識があった」と述べる。
実行委員長の池田友信仙台市議は「開府四百年という大きな節目を来年に控え、市民一人ひとりに開府の意味を考えて欲しい」と話す。
11月28日 河北新報「小中学生向けニュース社会科・NIEのページ」に「仙台城跡の艮櫓復元―景観か史実通りか・位置めぐって議論―」掲載。対話式で仙台城石垣の歴史と艮櫓問題の要点を分かりやすく解説。
12月05日 石垣修復工事で仙台市は石垣の石積み作業に本格的に着手。修復のために解体された約9500個の石材を積みなおす作業は、国内最大規模の工事。平成14年度末の完成を目指し、慎重に作業が進められる。
12月17日 河北新報連載記事「ことしも走りました―2000取材手帳―3」で「仙台城跡艮櫓復元事業―意見調整に工夫欠く―」掲載。問題に対する仙台市の対応の不備を指摘している。
12月22日 仙台市文化財保護審議会で艮櫓復元事業に関する市の決定に対し、委員から批判や注文が続出。審議会は仙台市教育委員会に対し仙台城跡全体を調査・把握し、将来像を検討する組織と、仙台市に石垣修復と艮櫓建設の助言をする専門家組織の設置を求める異例の要望。
12月25日 開府四百年と二十一世紀の幕開けを記念し、大晦日に仙台市青葉区の定禅寺通りで開催される「SENDAIカウントダウン21」で、イベントに出演する家族、グループの応募が不調と河北新報が報道。実行委員会は「世紀の橋渡しとなる歴史的瞬間にぜひ立ち会って欲しい」と参加を呼びかけ。
12月31日 「SENDAIカウントダウン21」開催。参加した市民らは歌謡曲の合唱と簡単なタップダンスをした後、仙台市出身の元宝塚スター杜けあきさんとともにカウントダウンイベントの舞台を演出し、21世紀の門出を祝った。
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